紀北の旅 作品集 紀北の旅 作品集 紀北の旅 作品集
紀北の旅 紀行文2006
語り部さんと往く
宮田 敦子

島勝浦 私はその時、島勝浦の山の尾根にいた。なぜ私がその場所に登り立つことが出来たか。自分の足でたどり着いたに違いはないが、その地を知り尽くしたガイドさんがいなければ到底難しい、険しい道のりだ。ガイドさんの静かで熱い語りが、語り部ミチエさんの持つ鈴の音と掛け合っている。お二人の名調子は私たちの耳に落ち着く。私たちは上へ上へと海から遠ざかるように進んだ。絶景を見逃すまいと足元に気をつけながら。断崖絶壁が見え隠れしている。荒々しい自然はまるで私たちを遠ざけているかのようだ。「ハァハァハァ。来るぞー」重なった落ち葉を蹴散らすように先人たちの息遣いが聞こえてくる。魚獲一心に駆け上った魚見小屋。祈りや願いを捧げた先祖の海が一面に広がった。私はようやく島勝浦の海を一望する高い位置に出た。「おーい」我先に海に向かって大声を揚げた。するとおだやかな風が私の頬をなでつけた。
 案内いただいたミチエさんに大敷汁をご馳走になった。獲れたての魚を味噌汁に仕立てる郷土料理らしい。私はお椀に口をつけた。だしが口に広がった。椀から溢れんばかりの魚介類。品良くお汁だけ頂いていると「あらもしゃぶれるんよ」とミチエさんがいった。これをこうしてね、骨と身をはがして見せてくれた。そうだった。私ははっとした。品よく振舞っていた自分がいた。周りを見れば、街の人誰一人として骨に口をつけていなかった。昔から、距離にして四方四里、手に入るものが食卓にのせられ、食べごとの営みは守られてきた。先人が山から豊漁を知らせたぶりの群れ。ミチエさんのみなと共同体。忘れてはならない冥利の心がある。都市の生活にはない苦労を労わりあう心。そしていま、私たちを受け入れ、もてなしの心を持って接してくれている。恐らく島の人たちは、昔も今も何も変わっていない。私がミチエさんからもらったものは少ししょっぱい。その日、大きな海面にキラキラ輝いて見えた。

紀行文作品集2004 紀行文作品集2005 紀行文作品集2006
作品の版権はすべて「もてなしのさとづくり会議 人づくり部会」帰属しています。